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ゴルフ小説|武夫のゴルフ上達物語 #1 ~気になるあの子はゴルフが好きだった~

~これは10年前、武夫が28歳の時の物語。辺りは蝉の音に包まれ、汗の滴り落ちる夏の出来事である~

武夫は何の取り柄もないサラリーマン。学生時代から特にこれといった趣味もなく、現在勤めている食品会社に入社したのも、採用通知が届いた唯一の会社だったからだ。

朝ご飯は食べない。満員電車に揺られている最中に腹痛が起きるのを避ける為である。社内ではとにかく目立たない。目立とうとしないのが武夫のやり方である。失敗しても責任を取ってくれる上司などいない。真面目にせっせと仕事に励む人間がバカを見る、そんな風に思っていた。

そんな武夫でも唯一の楽しみがある。仕事帰りに立ち寄る惣菜屋だ。20時を過ぎると売れ残っている惣菜が割引となり、晩御飯を安く済ます事が出来る。これがなかなか美味しいのだ。ただ目的は惣菜ではない。店員の女の子だ。何度か立ち寄る内に話しかけられるようになった。

「いつもありがとうございます!」「あちらの商品は新メニューですよ。よかったら一緒にいかがですか?」ショートカットでストレートヘア、小柄な彼女の元気な声が、枯れた武夫の体隅々にまで行きわたり黄色く潤す。実に心地いい。武夫は彼女の事を勝手に「小夏」と名付けている。次第に武夫は彼女に惹かれていった。

とある日曜日、武夫は本屋に向かっていた。休日はもっぱら外出せずに家の中で読書。といっても漫画の読みあさりだ。早い時間に本屋に行って古本マンガを何冊か購入。クーラーを十分に効かせた部屋で寝そべって読むのだ。たまに部屋の窓から外の様子を窺う。夏の太陽を正面から浴び、滴る汗をタオルで拭う人達を眺めると、何だか少し得をしている気分になれる。誰にも自慢出来ない、そんな武夫の日曜日だ。

最後の曲がり角を曲がり、本屋まであと50m程の所だ。脇道から小夏が現れたのだ。武夫は一瞬ドキッとした。急ぎ足をやめ、ふいに左へ目を逸らし、気づかないふりをした。どのタイミングで気づいた事にしようか、はたまた気づかないふりをして通り過ぎようか、そんな事を考えていると元気な声が飛んできた。

「あ、おはようございます!」小夏が声をかけてきた。「ゴホン。おほ、おはようございます。」武夫の声は今まで聞いた事のないような、実に変な声だった。小夏はポロシャツにチェック柄のハーフパンツ、見るからにスポーティーな恰好。惣菜屋で見ている小夏の雰囲気とは少し違った。

小夏 「お出かけですか?」
武夫 「えぇ、まぁ。そちらもお出かけですか?」
小夏 「今日はゴルフなんです。暑くなりそうですけど頑張ってきます!」
武夫 「そうですか。気を付けて。」
小夏 「ありがとうございます。」

話した!小夏と話した!頭が真っ白だ。でも確かに話せた。武夫には自らの心臓の音が聞こえていた。ふと我に返ると小夏の姿はなかった。手でも振っておけば良かったか…武夫は少し後悔した。でも顔を覚えていてくれた、そして会話した。武夫はそれだけで満足だった。もう一度我に返った時、本屋はとっくに通り過ぎていた。

小夏は確かゴルフに行くと言っていた。若そうに見えるのにゴルフだなんて、何が面白いのだろうか。武夫はゴルフをした事がない。入社した当初、先輩に2回程誘われた事があったが、もともと運動音痴な上、ゴルフクラブやボール、その他備品を持ち合わせていない。プレー代などの出費も考えたら、武夫にゴルフを始めるメリットはなかった。

「彼女は彼女で趣味があり、僕が気にする事ではない。」そんな風に思いながらも少し気になる。家に戻って始める漫画の読みあさりが、なぜだか少し恥ずかしくなってきた。ただ、武夫にとってこの感覚は慣れたものである。そしてそんな時はいつも思うのだ。「どうせ俺なんてなんの取り柄もないんだから。」普段の日曜日が段々と戻ってきた。

本屋の棚をグルグルと覗きながら目ぼしい漫画を探す。ここの本屋はなぜだか棚が高いくせに脚立が置いていない。あんな高い所にある漫画はどうやって取るのだろうか…そんな事はどうでも良かった。適当に数冊手に取る。会計は500円。何とも手ごろな日曜日だ。帰りにハンバーガーを買って帰ろう。何だか今日は朝から疲れた。1冊100円の古本マンガ。紙袋の中から見えた本のタイトルは「風の大地」。ゴルフ漫画だった。

つづく

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