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ゴルフ小説|武夫のゴルフ上達物語 #12 ~心地よい静けさ~

社内コンペ当日、武夫は同僚の車の助手席にいた。彼の名前は順一。社内で唯一の同期だ。入社時は他の同期も何人かいたが、もう何年も前に辞めてしまった。残ったのは武夫と順一の2人だけ。職場が違うだけでなく、働いているフロアも違うので、社内ではほとんど顔を合わさない。ただお互い、社内で心許せる唯一の人間同士だ。

順一は会社の掲示板で、武夫がコンペに参加する事を知り、すぐに連絡してきた。

順一 「武夫!ゴルフ始めたんだ。水臭いな。言ってくれれば良かったのに。」
武夫 「ははは。始めたばっかりだから少し上達してから言おうと思ってさ。」
順一 「そうか。でも嬉しいよ。社内コンペはホント付き合いで参加はしてるけど、こきつかわれて文句ばっかり言われて…。でも武夫がいてくれれば少しは気が楽になるよ。」
武夫 「そっか。まぁお互い上手くかわして切り抜けよう。笑」
順一 「だな。笑 そうだ武夫!当日家まで迎えに行ってやるから一緒に行こう。色々愚痴りたい事もあるだろ?」
武夫 「そりゃお前だろ!まぁでも助かるよ。ありがとな。」
順一 「じゃぁ当日6:00に家の前で!」

順一は営業部に所属。車内で話を聞いてると、順一も大分溜まっているみたいだ。

先日上司に、「なんでお前のミスで俺が謝らないと行けないんだ!」と怒鳴られたらしい。それなら上司なんて辞めてしまえば良いのに。お前の仕事は責任を取る事だろう。武夫はそう思った。しかも順一、今日はその上司と同じ組らしい。武夫の後の3組目だ。順一も色々大変なんだな、そんな風に思いながらゴルフ場へ向かった。

受付を済ませロッカーへ行く途中、向こうから武夫の上司が歩いてきた。しかも順一の上司も一緒だ。

武夫上司 「遅いねー!練習でもしてたのか?当日に一生懸命やってもなー!笑」
順一上司 「まぁまぁ、不安になるのも分かりますよ。ただ、迷惑だけはかけないでくれよな!」

どちらか1人ならまだ会話できるレベルなのだが、2人合わさると一段とタチが悪い。調子に乗って相乗効果となるのだ。武夫と順一は少し笑って軽く会釈をし、その場を後にした。

順一 「はぁ。顔見ただけで嫌だわ。」
武夫 「ははは、お互い我慢のゴルフだな。」

2人は少し鼻で笑いながら顔を見合わせた。

パター練習をしていると、場内アナウンスがあり、マスター室前に集合するようにとの事。ラウンド前に16名全員が集まり、ルール説明や、施設の簡単な紹介があった。社長が一言、たわいもない話をする。話が終わり、嬉しそうに拍手をする上司達。それを見て武夫も拍手をした。「参加するのは最初で最後にしよう。」そう思う事で多少気が楽になった。

1組目は社長の組だ。1番ティーに立ち、2回、3回と素振りをする。息を吐き、思いっきりクラブを振った社長。ボールは芯に当たりフェアウェイやや右のラフに飛んで行った。「ナイスショット!!」湧き上がる歓声と拍手。

ふふ、どこがナイスショットだ。そう思いながらも武夫も拍手。さすがサラリーマンの鏡である。

次は入社2年目の若手社員。今回最年少である。つい最近までゴルフクラブなど握った事がなかったと言っていた。かなり緊張している。それをみてニヤつく中間管理職ども。気の利いた一言でも言えないのか。本当に情けない奴らだ。

順一上司 「ほら!早く打ちなさいって!後がつかえるぞ!」

笑いが起こった。ティーグラウンドに入っているんだぞ?。そんな言い方は無いだろう。案の定、1打目はチョロ。レディースティーの手前で止まった。一斉に笑いが起こった。彼もまたやりたくもないのに上司に無理やり参加させられたのだ。何とも可愛そうである。

1組目のティーショットが終わり2組目、武夫の組だ。2名は打ち終わり、次は武夫の番。

武夫上司 「彼も実は初心者なんです。皆さんご迷惑おかけしますが責任は彼が取ると言っていますから!笑」

またも笑いが起こった。しかし武夫は表情を崩さなかった。実は武夫は前日の夜、こう思っていた。

「心が乱れそうになる中で、いかに平常心を保てるか、その為の練習だと思えば貴重な1日にはなるな。」と。

これも練習の一環だと心に決めた武夫。そのスイングは練習の時となんら変わりなかった。ゆっくりとテイクバックを始め、トップの際は実に懐の深い体勢。内側からしなるように出てきたクラブはここしかないとうポイントでボールと当たった。

凄まじい快音、伸びる打球、フェアウェイど真ん中、240ヤードを超えた。周りはみんなポカンとしていた。その静けさが実に心地よかった。直後に順一の「ナイスショットーッ!!」の嬉しそうな声だけが響いた。

つづく

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