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ゴルフ小説|武夫のゴルフ上達物語 #7 ~過ちの始まり~

次の日の朝、武夫はゆっくり目を開けた。全く眠れなかった。夏美からの連絡を待っていたというのもあるが、頭の中から後悔が離れない。携帯に目をやると、やはり夏美からの連絡はない。

ワイシャツに袖を通し、再び目を閉じ、ボタンを器用にはめていく。家を出たのはいつもよりも20分程遅かった。仕事が始まっても集中出来ない。頭の中がボーっとしている。武夫はこの日、半日で仕事を切り上げ早退した。

家に着くなり向かったのはゴルフ練習場。会社を早退しゴルフの練習…。何とも良い身分だ。平日の昼間からゴルフ練習場にいるサラリーマンなどどこにいるか。武夫も偉くなったものだ。とにかく練習で体を使い、疲れが溜まった所で睡魔に襲われ、よく眠れるのではないかと考えたのだ。

相変わらずアプローチの練習を続ける。寝不足の武夫には延々と鳴り止まない蝉の音が、遠くに、心地よく聞こえていた。何球打っただろうか。ボールを打った時のこれ以上ない良い感触が続いている。隣打席のおじいさんも、武夫の無駄の無いフォーム、打った時の音、スピン量に驚き、自分が打つのを忘れ見入っていた。武夫はその事全てに気付いていなかった。

武夫は我に返った。ベッドの上にいた。あまりの眠気で自宅に帰って来た事すら覚えていない。時計の針は夜中の2時を指していた。枕元の携帯を覗いた。アラームの設定はしてある。無意識ながらもアラームの設定を忘れない所は我ながらしっかりしている、そんな風に思った瞬間、武夫の息は詰まりそうになった。

夏美からメールが入っているではないか。

「武夫さん、この前は誘ってくれてありがとうございました。今週の日曜日大丈夫です!知り合いが働いているゴルフ場で割引キャンペーンやってますよ!そちらでどうですか?お返事お待ちしています。」

武夫「あ、あー。」

これは心の声ではない。夜中の武夫の変な声。武夫の背中に何とも言えない感情が走った。誘っている以上断る訳にもいかない。ただ、欲を言えばもう少し練習して自信をつけてからが良い。この男は何を言っているのだろうか。武夫は返信をためらった。そしてまた眠りについた。

翌朝、武夫は前日までの眠気もなくなり仕事に没頭していた。前日は半日会社にいたとはいえ、ほとんど何もしていない。昨日の負債を取り返すべく仕事に集中していた。ただ、理由はそれだけではない。とにかく定時で上がって練習場に行きたかった。武夫は朝、メールを返信していたのだ。内容がこれだ。

「ありがとうございます。そこでやりましょう!時間は何時でも良いです。決まったら連絡ください。」

メールの最後に「楽しみにしています。」と付け加えていた。何処で覚えたのか、武夫にしては気の利いたメールだ。武夫は初心に返ったのだ。もともと練習をするようになったのは、「嘘」を「本当」にする為。迷惑をかけずに回る事ができればそれでOKだと自分に言い聞かせた。

仕事を終え、練習場に急いだ。相変わらず手にしているのはアプローチウェッジ。延々と振り続けた。自宅に帰っても素振りをした。何百、何千とクラブを振り続け、メールの返信を待った。夏美からの返信はその日中に届いた。

「9:30スタート、INコース、楽しく回りましょうね」と書いてあった。

夏美と回る…。カートから見る夏美の横顔、夏美の滴り落ちる汗、夏美の悔しがった顔、武夫はその全てを想像した。自然と素振りにも力が入る。武夫はその週、毎日練習場に通った。練習場の受付にいる女性スタッフとも毎日会った。また来たのかと言われかねない顔をされた。最近はなかった筋肉痛が武夫を再び襲い、スイングを窮屈にさせる。それでも武夫は練習をやめなかった。武夫の体を駆け巡る様々な感情を練習で発散するかのように。

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前日の夜、武夫は明日の準備をしていた。靴よし、ボールよし、グローブよし、忘れ物が無いようにもう一度チェックをした。帽子がない、右を見ると父からもらったCallawayの帽子がかけてあった。手に取りバックに入れる。

「地面と平行に立ちなさい。」

父からもらったアドバイスをふと思い出す。明日はとにかく思いっきりやろう。今までの練習の成果を全て発揮し、良いスコアで回りたい!いや、絶対に回るんだ!今の武夫は不安よりもむしろ自信の方が大きいかも知れない。

今思えば、この日の夜から過ちは始まっていたのかも知れない。この時武夫はその過ちに気付いてはいなかった。

つづく

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