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ゴルフ小説|武夫のゴルフ上達物語 #6 ~2つのアプローチ~

この日も武夫はいつもの練習場にいた。手にしていたのはアプローチウェッジ。先日、父とのゴルフで痛感したアプローチの技術不足。1打目の飛距離では父に負けていない。2打目も武夫がパーオン、父はパーオンできず、といった状況が何度かあった。

要は2打目を打った時点では、まだ父に負けていないのだ。問題はその後。父はアプロージウェッジを自在に操り、いとも簡単に1パット圏内へ寄せて見せた。

武夫は、アプローチの精度が高くなればスコアがまとまってくるのではないかと考えたのだ。もちろんパットの練習も並行して行っている。短い距離で打数を重ねてしまうようでは、いくら他が良くてもスコアは良くならない。武夫はアプロージウェッジを練習のメインとして取り入れ、ひたすら打ち続けた。

その時、敷いてある人工芝はあえて斜めにずらしていた。ゴルフ場で同じく思ったことがあり、それを実践しているのだ。

練習場で打っている時は、構えた際、人工芝のマットが打つ方向を自然と教えてくれている。綺麗に整った長方形のマット、長手方向には白いラインが入っている。ただ実戦ではそうはいかない。置かれた状況によっては、たまに方向感覚を見失う事があった。二度とそうならないように、武夫はあえてマットを斜めにずらし、練習時から方向感覚を養うようにしていた。

マットの向きを基準にして打つ方向を決める事ができないので、打つ前に必ず、ボールの後ろに立ち、ボールと目標地点を見えない線で結んだ。その時、その線上に何か目印となるものを見つけるようにした。芝の色の変わり目、落ち葉、ディポッド跡、何でも良い。線上に目印を見つけ、目標を近くに設定する事で、体の向きが合わせやすくなるのだ。これも得意のネット検索で得た知識だった。

武夫は仕事中もゴルフの事ばかり考えていた。鏡があるとついついアドレスを確認してしまう。1つのスポーツに対して、こんなにのめり込んだ事は今までなかった。今は、夏美の事も忘れかけ、ゴルフだけに集中していた。

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武夫はその日の会社帰り、久しぶりに惣菜屋の前を通った。店を覗くのは1ヶ月ぶり位だろうか。向かい側の通りからお店を覗くと、夏美の姿はなかった。少し手前からドキドキしていた自分が少し恥ずかしかったが、何故かホッとしていた。

「久しぶりに惣菜でも買って帰るか。」

夏美がいないと分かった途端、急に積極的になり、お腹が空いてきた。何とも単純な男だ。久しぶりの惣菜、久しぶりのタイムセール、武夫はいつもの定番、青野菜の炒めものと、季節の限定商品を手にした。そういえば家ではほとんど野菜を食べない。食べるとすれば、ほぼこの店の惣菜だけだ。という事は約1ヶ月、ほとんど野菜を口にしていなかった事になる。

んー、何と偏った食生活。いつかどうにかなっちゃうのではないか。武夫はもう1品野菜の惣菜を手に取った。これまた単純な男だ。

店員 「こんばんは!」
武夫 「こんばんは。」

レジにて財布を取り出し、お金を払う。受け取ったのはなんと夏美だった。

武夫 「え?こ、こんばんは。」
夏美 「武夫さん、2回目ですよ!笑 でもこんばんは。」

不意を突かれた武夫はいつにも増してしどろもどろになった。

武夫 「ら、来週の日曜日ゴルフに行きましょう!」

いきなり何を言っているんだ。自宅で妄想していた事の一部が、あまりの緊張で吹き出てしまったのだ。緊張も度を超えると逆にこうなるのだろうか。

夏美 「来週の日曜日ですか?ちょっと予定を確認しておきます。武夫さん連絡先教えてもらって良いですか?」
武夫 「え?連絡先ですか?」
夏美 「え?まずいですか?」

武夫は何を言っているんだ。自分から誘っているのに、連絡先を交換しない馬鹿がどこにいるんだ。ただ、今の武夫には何を言っても理解ができないだろう。沈黙がしばらく続いた後、夏美がレシートを手渡した。レシートの裏に自分の電話番号とメールアドレスを書いて渡してくれたのだ。

夏美 「これ、私の連絡先です。予定確認したら連絡しますね。」

武夫は少し我に返った。

武夫 「すみません。本当すみません。仕事中に、しかもいきなりこんな事…。」

何といって良いか分からない、まさしくこの事だ。

夏美 「いいえ!武夫さん来るの待ってましたよ!じゃぁまた後で。」

武夫は家に着くまでの道中、ほとんど記憶がない。妄想とは怖いものだ。緊張とは怖いものだ。何故いきなりあんな事を行ってしまったのか、今の自分の技術で果たして一緒に回れるのか。やってしまった。この年にもなってなんて格好の悪い男なんだ。日曜日は他の予定が入ってて…夏美のそんな返信を期待するばかりの武夫だった。穴があったら入りたい、そして大声で叫びたい!そんな気分だった…。

つづく

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