全てのラウンドが終了した。後半の武夫は「58」。夏美のスコアに1打負けているではないか。夏美の満足そうな顔をみて嬉しくもあり、そしてホッとした。武夫も十分と言えるのではなかろうか。2回目のラウンドで110を切っているのだから。
夏美 | 「武夫さん、また一緒に回ってくれますか?」 |
武夫 | 「勿論です。またお願いしますね。レストランで飲み物でもどうですか?」 |
夏美 | 「良いですね!私シャワー浴びてきます!」 |
武夫は夏美のシャワーを一瞬だけ想像してしまい、ドキッとした。何とも単純な人間である。武夫もシャワーで汗を流し、お互い2Fのレストランに上がっていった。シャワーを浴びた直後の夏美の横顔が可愛らしく、ほのかにいい匂いがした。
実は、夏美をレストランに誘ったのには理由があった。夏美に1つだけ聞きたい事があるのだ。誰かお付き合いしている人がいるのかどうか…。昼間は聞けなかった。とにかくそれだけ聞きたい。これだけ楽しくラウンドできたんだ。例え彼氏がいたとしても、別に聞く位は良いだろう。
というか、この一言が言えなかったら今日は来た意味がない。ゴルフなんてその為の準備運動みたいなものだ。何とまぁ、この男の本心は下心の固まり!邪心に満ち溢れ、ゴルフをなめきっている。じゃぁ何か?もっとさかのぼり、クラブの購入も毎日の練習も、全てこの為だったというのか!呆れて何も言えない。
武夫 | 「夏美さん。」 |
夏美 | 「はい?」 |
武夫 | 「…。」 |
夏美 | 「どうしたんですか?」 |
武夫 | 「あの、実は…。」 |
夏美 | 「はい。」 |
武夫 | 「またゴルフご一緒しましょうね。」 |
夏美 | 「ぜひ!宜しくお願いします!」 |
言える訳がない。こんな事簡単に言えるような男だったら、とっくに彼女もできてこんなに苦労はしていない。
武夫は声を振り絞ろうとしたが駄目だった。まぁ、今日じゃなくたって良い。変に失敗してイメージが悪くなるくらいならいっそ言うのはやめておいた方が良い。次回のゴルフだって約束したんだ。十分十分。武夫はそう自分に言い聞かせ、アイスコーヒーを一気に飲み干した。
夏美の唇がストローに触れる、それを夏美に見つからない様、流し目で必死に見ている武夫。彼女がキスをする時は、こんな唇をこんな形にさせるのかな、そんな想像をしながら鼻の下が伸びる武夫、もう変態以外の何物でもない。男なんて皆そんなものなのか。
レストランを後にした2人。精算を済ませ外に出た。
夏美 | 「武夫さん車持って来た方が良いんじゃないですか?」 |
武夫 | 「いえ、大丈夫です。そのまま担いで持っていきます。」 |
あんな汚い車見せたら夏美が幻滅してしまう…。
夏美 | 「そうですか。じゃぁ私は車持ってきちゃいますね!」 |
そういって車に向かった夏美。小走りの後ろ姿、これもまた可愛いのだ。そして車も可愛い軽自動車。んー全てが可愛い。後ろから抱きつきたい。はっ!! 何を考えているんだ。最後まで我慢だ武夫!表情を緩めるな武夫!夏美のバックを車に入れ、見送るまでが最後だ。それまで集中だ!
そう自分に言い聞かせ、気を引き締めなおす武夫。その時、夏美から思わぬ一言が。
夏美 | 「そういえば、武夫さんって彼女さんとかいるんですか?」 |
武夫 | 「え?え、いや、いないです。」 |
夏美 | 「そうなんですか、良かった!じゃぁいつでも連絡して大丈夫ですよね?またお願いしますね!」 |
そういって夏美はゴルフ場を後にした。武夫が聞きたかった一言ではないか。その会話の流れで逆に聞いておけば良かった。ただ、余りにも不意に飛んできたから…。最後の最後で武夫のドキドキは最高潮に達した。今、スタートホールよりもドキドキしているのではなかろうか。居眠り運転はしなくて済みそうだ。
武夫はゴルフバックを担いで車へ向かった。でも待てよ?確か夏美が、「そうなんですか、良かった!」って…。良かった?彼女がいなくて良かった?もしかして気があるのか?こんな俺に?いやいやまさかまさか、そんな事は…。いやどうなんだ、実際の所は。何と表現していいのか分からないこの感情、武夫は説明できない感情に包まれていた。とにかく一旦落ち着いて、運転に集中しよう。
今の武夫の表情、すれ違う人全てに見て貰いたい。凄く変な顔をしている。
つづく