2組目も全員が打ち終わった。カートの横でふてくされた顔をしているのは上司だ。カートはティーグラウンドから80ヤード程進んだ所で直ぐに止まった。上司が2打目を打つのだ。1打目、武夫の打球をみて力が入ったのか、上司の打ったボールは高く舞い上がり、ポトリと落ちた。典型的な天ぷら。周りからは笑いが起こっていた。
上司の2打目、今度はチョロ。今の所ゴルフになっていない。3打目はOB。一体何をしているんだ。打ち直しの5打目がようやくグリーン手前まで飛んで行った。
武夫上司 | 「見慣れない奴がいると調子が狂うな。今日は諦めるか。」 |
いつもは上手くいっていると言わんばかりの口ぶりだ。いつもそう対したゴルフはしていないだろうに。武夫の2打目は絶好の位置から。9番アイアンを短く持って鋭く振り切ったが、わずかにグリーンを外れた。同じ組の先輩が、「武夫、良いスイングしてるな。」と褒めてくれた。
この先輩、普段は会話する機会が少ないが、何年か前に古本屋で偶然会った事がある。同じ漫画を手に取っていて、思わず2人で笑った。会話は無いが敵ではないという事を、社内でも、そして今日のゴルフでもお互いが感じていた。それにしても驚いたのはその先輩のスイングだ。学生時代、ゴルフを少しかじっていたと話を聞いたが、そのスイングはもはやノンプロレベル。1打目も武夫の会心の一打を優に超えていった。
順一に聞くと、社内コンペでは常に上位にランクイン。安定しているが故にハンデこそ少ないが、グロスでは1、2を争うらしい。そんな先輩と回れる事もまた経験の1つである。先輩の2打目もグリーンオンならず。武夫とは反対側のカラーで止まっていた。
武夫 | 「ナイスショットです。」 |
先輩 | 「武夫と同じ位の距離か。」 |
交わす言葉は少なくともお互いの気持ちは同じだ。武夫はこの感覚がたまらなく心地よかった。
武夫上司 | 「いいねーまぐれが続いて。そこから行ったり来たりで大たたきするなよ!はははははっ!」 |
もう、上司の言葉は耳に入っては来なかった。先輩の3打目はカラーから、選んだクラブはパターだった。入念にラインを読み、アドレスに入る。そのたたずまいは、まさにプロそのもの。怖い位の緊張感が武夫を包んだ。ボールは緩やかなフックラインで進み、ピンに当たって、何とそのままカップに入った。目の前でバーディーを見せつけられた。武夫の心臓は、「ドクッ!」と一瞬大きく肥大した。今まで感じた事のない高鳴り、心動かされた瞬間だった。
「ナイスバーディー!!」
武夫は無意識に大きな声を出していた。先輩は下を向きながら大きく息を吐いた。「こんなドキドキを自分も味わってみたい。」入れるべくして入れたバーディーだった。続いて武夫の3打目、武夫も集中力を高める。ラインは先輩よりやや武夫の方が優しいか。ただ武夫はアプローチウェッジを選択した。練習場では、これ以上振れない、という位に振り込んだアプローチウェッジ。既に武夫の武器となっていたのだ。
武夫も同じく大きく息を吐き、アドレスに入る。ヘッドの重みを上手く利用し、いい感触でボールが当たった。強いっ!当たりが強かったか、と思った打球はワンバウンド目で勢いが弱まり、ツーバウンド目にはピタッと勢いが止まった。ボールは1~2回転し、そのままカップイン。
「うおっ!」
思わずうなったのは先輩だった。武夫の初バーディーはプロでもビックリするような驚愕のバーディーであった。先輩が駆け寄る。拳と拳を合わせてグータッチ。4人の内、2人が同ホールでバーディーとは、何ともレベルの高い2組目だ。先輩が武夫の肩をポンポンと叩く。
先輩 | 「今のはマジで凄いな!」 |
その言葉も嬉しかったが、何より先輩と一緒にバーディーを取れた喜びがとにかく大きかった。
武夫はその後も先輩とテンポの良いゴルフを展開。ダブルボギーが2つあったが、それ以上叩いたホールは無い。1回目より2回目、2回目より3回目と、武夫のゴルフはもの凄い勢いで上達していった。終わってみればハーフ「44」。最高の結果と言えるのではないか。
一方の先輩は「41」でこれもまた素晴らしい結果だ。先輩との差は3打以上のものを感じたが、本当に上手い人のゴルフを間近で感じる事ができ、武夫の目はキラキラと輝いていた。ちなみに、武夫の上司はというと「59」。ギリギリ60超えは防げたようだ。クラブハウスに戻ってきた上司の表情は、怒りと悔しさとつまらなさと、色々なものが合わさりネガティブこの上ない、といったものだった。
武夫は3回目のゴルフで、内容スコア共に上司を軽々超えていった。上司も、あいつにはかなわないと思っただろう。ただ、武夫はその部分に関してはあまり興味がなかった。
つづく