先輩のアドバイスの後、武夫は息を吹き返した。13番でパー、14番はボギー、15番はパーと完全復活だ。この3ホールで先輩との差を2打縮めた。まぁ、そうは言っても先輩のスコアには遠く及ばないが。さぁ、上がり3ホール、ここをしっかりと締めたい。
16番ホールに立った武夫は強い風を感じていた。しかもアゲンスト。このホールは確かドラコン対象ホールだ。遠くを見つめると、ドラコン表示の旗が確かに立っている。フェアウェイど真ん中。200ヤードを少し超えた位の所か。
武夫は一度肩で深呼吸をし、飛ばしたい気持ちを抑え、一度心のリセットをした。テイクバック始動、体に巻きつく腕、トップから腰の切り替えし、遅れてくるヘッド、全てが一体となり、力が十分に伝わる実に無駄のないフォーム。武夫が打ったボールは風を次々と切り裂いて一直線に飛んで行った。
先輩 | 「これはいいぞ…。」 |
ボールはドラコン表示の旗を軽々と超えて止まった。
武夫上司 | 「だはは、なんちゅう打球だ。」 |
ここへ来て今日一番の打球。努力とは報われるものだ。この何か月かだけで見たら、武夫ほどクラブを振り続けた人間は他にいないだろう。意識が朦朧とする中、取りつかれたように練習した武夫。練習は嘘をつかない、まさにこの事である。先輩の打球も素晴らしかったが、武夫のボールには届かなかった。
武夫は既にモードに入っている。12番の2打目以降、全く芯を外していない。後半の序盤が嘘のようだ。武夫の2打目、これもまた風に負けないナイスショット。少し飛び過ぎたか、ボールはグリーンをオーバーし、カラー脇で止まった。今日1日で武夫の番手は1つ変わっていた。普段なら今打った8番アイアンでピッタリのはず。ただそれでは少し大きかった。武夫には価値のある誤算と言えるだろう。
3打目は得意のアプローチウェッジ。1ホール目はこの武器でチップインをもぎ取っている。集中の3打目、辺りは妙に静かだった。武夫の打ったボールは、「パチンッ!」と良い音を響かせたあとフワッと浮いた。絵にかいたようなフォロースル―、完璧だ。ボールはまたもツーバウンド目にピタッと止まりカップの傍へ。
「入れ!!」
思わず叫んだのは、なんと上司だった。しかし無情にもカップには入らず、わずか10cmの所、カップ手前で止まった。先輩が大きく息を吐く。
先輩 | 「武夫、ナイス!」 |
武夫はニコッと笑って会釈をした。このホール武夫はパー。またしても先輩との差を縮めた。
しかし17番、18番ホールは武夫見せ場なし。不運にも見舞われ、縮んだはずの先輩との差はまた広がった。それでも武夫のスコアは「48」。立派としか言いようがない。武夫は3回目のラウンドで100を切ったのだ。素晴らしいスコア、素晴らしい努力、武夫はシューズの汚れを落としながらその余韻に浸っていた。
最終組も風呂から上がり、全員がレストラン横の一室に集まった。これから表彰式だ。武夫のスコアはトータル92。グロスでは確実に上位にいるはずだが、果たして結果はどうか。
順一上司 | 「3位は社長です!おめでとうございます!」 |
社長が3位に入った。さすがゴルフ慣れしているだけの事はある。続いて2位の発表、2位には一緒に回った先輩の名前が呼ばれた。
社長 | 「また君か。相変わらず上手いねー。」 |
先輩は社長に声をかけられてもあまり表情を崩さず会釈だけした。なんとも誇らしく堂々としている。武夫は自分の事の様に喜んだ。
順一上司 | 「さぁ、最後になりました。今回の優勝者ですが…武夫君です!おめでとうございます!」 |
武夫 | 「え?えぇ!?」 |
武夫は飲んでいたお茶を思わず吹きこぼした。歓声と笑いが同時に起こった。まさかの結果だ、信じられない。グロスこそ先輩に及ばなかったが、隠しホールのハンデがことごとく該当していたのだ。新ペリア方式の醍醐味と言うべきだろうか。武夫はしばらく目を丸くしていた。初めての100切り、初めての優勝、初めての賞金、一言コメントを求められたが、正直何を言ったか覚えてはいなかった。
武夫は帰りの車の中でも、順一とのゴルフ談義で盛り上がっていた。今日のゴルフは自分で言うのも何だが、実に痺れた。明日のデートでも夏美に良い報告ができそうだ。この勢いで告白でもしてしまおうか、いやいや、ゴルフ同様焦ってはダメだ。武夫は得意の深呼吸で気持ちを落ち着かせた。自宅に帰ると父がいた。
父 | 「どうだった?」 |
武夫は賞金袋を自慢げに見せた。
父 | 「お前が優勝したのか!ははは!凄い!凄いじゃないか!」 |
父が想像以上に喜んでくれた。ゴルフを始めてから、何が大きく変わったのだろう。武夫は賞金袋を見つめ、ゴルフに、そしてゴルフを始めるきっかけとなった夏美に感謝した。
つづく