いま、5月の風は僕のために吹いている。1番ホールは無難にパー。2番も5メートルのパーパットをねじ込んでナイスパー。そして、快進撃は3番から始まった。3番PAR5の3打目、アゲンストの風が吹く中、手前のアリソンバンカーに落としたくない僕は、奥からのバックスピンでベタピンにつける。このホールをなんなくバーディーとすると、4番、5番も連続バーディー。6番の長く難しいミドルホールをパーとしたあと、7番の180ヤードのPAR3。フォローの風を完全に読み切ったショットはぴったりピンそば2メートル上りラインを残す。絶好の位置にナイスオン。
きっちりバーディーパットを沈めると、もう止まらない。8番、9番も連続バーディーにし、前半だけで6バーディーとする。風はどこまでも優しく、僕をスコア50台の夢の世界へ誘う(いざなう)……。
いざな…いざ…。
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「はいはい。タジィ。今日はなんだ? いざなみ景気か?」
妄想中のお決まり、編集長ジャンボさんのツッコミ。
「はひ? いざなみケーキ? 美味しいんすか、それ」
まだ僕は頭がボーっとしてる。脳の中で風が舞う。
「バカ! ケーキじゃないよ。今度は食べ物の妄想か? 景気だよ、経済のほう」
「経済? なんの話ですか?」
「こっちが聞きたいよ。まったく。本当にいつもいつも訳のわからん妄想しやがって、おまけに、ケーキがなんとかって、最近なんか太ってないか? 食べ過ぎだろう」
「ぎくっ! わかります。ちょっと太ってカラダがだぶついちゃって…」
そう、実は最近、太ったのだ。体重も増え、腹回りに肉がつき、ベルトがキツい。ゴルフの素振りをしていても腹の肉が邪魔でなんだか気持ちよく振れないのだ。
「そんなんじゃ、いいスイングができないぞ。強い球を打つにはカラダのどこを意識してスイングすればいいか知ってるか?」
頭がまだはっきりしていない上にウンチク苦手の僕に早速、難題を突き付けるジャンボさん。
「えっと、か、肩とか腕ですかねえ」と僕はなんとなく答える。
「まったく、タジィ、それじゃ、愛ちゃんに抜かれるのは目に見えてるな」
ジャンボさんはさらに痛いとこをついてくる。
「じゃあ、愛ちゃんはわかるかい?」
アルバイトの愛ちゃんの編集部での1mパター練習はしっかり継続中らしい。愛ちゃんはニコニコしながら答える。
「もちろん、お腹ですよね。というか、体幹だと思います」
「さすが、愛ちゃん。ソフトボール国体レベルは違うねえ」
嫌な展開だ。そりゃあ、こちとら、テニスサークル出身ですから、すみませんね。と心の中でつぶやく。
「腹直筋や腹横筋といったカラダの軸となる部分だな。体幹。まあ、全てのスポーツに共通するけどな。体幹本、いろいろ出てるだろ。サッカーの長友選手とかな」
さあ、この話、長くなるぞぉ~と、また心の中で叫びたくなる。
「最近はゴルフの女子プロでも体幹を鍛える選手が多いしな。カラダの内側を意識してると、スイング軸のブレがなくなる。強いボールが打てて飛距離も出る。それに安定するしな。いいことばっかりだよ」
「はい。私もソフト時代は体幹のことは監督に言われました。体幹を鍛えると、とにかく体の中に軸ができるんで、何をやるにしても安定するって。バッティングでも守備でも」
愛ちゃんがキラッキラッした瞳でジャンボさんに答える。
「そうだね。愛ちゃんの強いボールはソフト時代に鍛えた体幹の強さあってのものだと思う。お腹に贅肉もないだろうしね。なっ、タジィ」
いえいえ、こちらにお声がけしてくださらなくてもいいんですよ、お二人でお話しください、ジャンボさん、と心の中でボヤキながら、僕はつくり笑顔を向ける。
「タジィはケーキとか甘いものを控えて少し体幹トレしないといけないな。腕とか言ってるから、意識しすぎて、よくないアウトサイドイン軌道のスイングになる。それがひどくなると大きく右に曲がるんだ。タジィの悪い時だな。まあ、この前、ガルシアのスイングを参考にして、今度、練習しようって話したからな。その前に腹回りのトレーニングだ。あとで、メニューをPCに送っとくからな、タジィ」
「あ、ありがとうございます」
って、きっと、ハードなトレーニングばっかりなんだ。キツイやつをやらせるつもりなんだ、絶対そうだ……い、いかん、妄想は妄想でも、被害妄想になってしまっている……ジャンボさんの親切心なのに。いやいや、ゴルフは感謝の気持ちが大事だ。感謝の気持ちで体幹トレーニングに取り組もう!!
つづく