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ゴルフ小説|武夫のゴルフ上達物語 #3 ~『嘘』から『本当』へ~

武夫は来る日も来る日もクラブを振り続けた。手の平の血豆が破れて硬くなり、その上からまた血豆が出来た。仕事中はズキズキと痛いが、素振りをしている時は何故だか痛みを感じなかった。振り続けているうちに、段々と”音”が変わっていくのが分かった。クラブが風を切る時のスイング音が、素振りを始めた当初とは明らかに違っていた。それを知っているのは武夫と夏の夜空だけだった。

そう言えば最近は小夏と会っていない。先日ついた嘘によって、惣菜屋に行きにくくなったのもあるが、武夫は決断していたのだ。

「自分のついた嘘、今は嘘だが、毎日練習して、いつか本当にゴルフ場で一緒にプレーをしよう。」と。武夫は、”嘘”を”本当”にするため努力していたのだ。高いレベルでなくて良い、迷惑をかけずに回れる程度で良い、少しだけ自信がついたらまた惣菜屋に行こう。そんな風に思っていた。

2週間ほど経ったある日の仕事帰り、武夫は急ぎ足で自宅に戻ってきた。今日は打ちっぱなしデビュー。初めてゴルフ練習場に足を踏み入れる。近所のゴルフ練習場に向かうため、急いで着替えて再び家を出た。

土日の練習場は朝から晩まで一日中混んでいる事を知っていたため、あえて空いている平日を選んだ。下調べにも余念がない。受付にてプリペイドカードを購入し、打席を選ぶ。打席脇の機械にカードを差し込むと、1球ずつボールが下から上がってくる仕組みだ。人に聞ける訳もなく、全てネットで調べた。

ゴルフ場に到着。思いのほかドキドキする。自動ドアが開いた瞬間の武夫を包むクーラーの冷気が、緊張を更に加速させた。フロント横にはちょっとしたパター練習場があり、その横でおじいさんが男子ゴルフツアーのダイジェストをテレビで見ていた。受付の人との会話はあまり覚えていないが、「そういえばパターの練習って全くしていないな…。」と、少しだけ不安になった。

打席に到着すると素振りを繰り返した。ボールは既に下から上がってきて、いつでも打てる状態になっている。しかし人の目が気になるのか、武夫はしばらく素振りを続けた。

とにかく打ってみなければ始まらない。自分にそう言い聞かせ、武夫はゆっくりと構え、アプローチウェッジで出来るだけ軽く振ってみた。なんとボールは芯に当たり真っ直ぐに飛んで行った。

「あ、当たった!」

一気に肩の力が抜けた。2球目も3球目も真っ直ぐに飛んで行った。

「意外とセンスがあるのかも知れない…。初めての練習場で3球連続真っ直ぐ打てる素人がいるもんか。」

武夫の自己満足は今にも体からにじみ出そうだった。スイングを大きくしてみようと試みた4球目は見事に空振りした。我に返った瞬間だった。再び小さなスイングに戻し、ボールをひたすら打ち続けた。あっと言う間の200球、カード残高は0。結局アプローチウェッジ1本しか使わなかった。

自宅に戻ってベッドに横たわった。何とも言えない心地よい疲れ。手の平の血豆はもうない。触るとカッチカチの豆だらけだ。少し前まではとても考えられなかった現状。

武夫は自らの変化に気付いていた。ふと横の鏡を見ると以前よりも体に筋肉がついていてお腹もへこんできた気がする。ただ、お腹以上に表情の変化が嬉しい。最近は職場の人間からもよく声をかけられるようになった。ゴルフを始めてから変わったのは外見だけではないのかも知れない。武夫は部屋の天井を見つめ、大きく息を吐いた。目をつぶって眠りについた。その時、少し笑っていた。

武夫は週に2回程、練習場に行くようになった。相変わらず素振りは毎日続けているが、そのせいかスイングの基本が出来上がり、実際のボールを打つ際はフォローまで体をぶらす事なく、しっかりと振れていた。ドライバーの飛距離はおよそ220ヤード程。7番アイアンでは150ヤード飛ぶようになっていた。ゴルフを始めて1ヵ月の素人には十分だ。ただ武夫は満足していなかった。ひたすらクラブを振り続け、練習に没頭した。

練習している時は何もかも忘れていた。今日、上司に怒られた発注ミスの事も、明日はまだ火曜日だという事も、惣菜屋のタイムセールも…。「魚釣りをしている時は何もかも忘れて入り込める。」と誰かが言っていた。それと似ているのだろうか。

スイングの、”音の質”が変わっただけではない。”音の場所”も変わった。体の中心よりもやや後ろの方でしていた音が、段々と前に移動してきた。武夫は打ち終わった後、左足1本で立てるようにもなっていた。不要になった右足のつま先で、何故か地面をチョンと突いていた。

つづく

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